学芸の小部屋

2025年1月号
「第10回:瓢形瓶の形姿」

 あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 2025年の幕開けを飾る展覧会は『千変万化―革新期の古伊万里―』(1月15日(水)~3月30日(日))。17世紀中期(1640年代~60年代頃)は伊万里焼の技術的な革新期にあたります。今展では絵付けや成形といった装飾技法に着目し、その多様さを紐解いていきます。

 今月の学芸の小部屋では、出展作品のなかから先取りして「瓢形瓶(ひょうけいへい)」を特集いたします。
 瓢形瓶は、胴部中央のくびれとその上下がそれぞれ大小に膨らむ形の瓶で、口縁は小さく作った形のものが多く見られます。中国では葫蘆瓶(ころへい)とも呼ばれ、読んで字が如く瓢箪の形をしています。そもそも瓢箪は食用に限らず、容器や楽器などの道具類、薬など様々な用途で古代から人類の生活に溶け込んでいた植物です。加えて、たくさん実が成ること、その一つ一つに多くの種を持つことから「多子多産」の吉祥図として様々な工芸品にあらわされました。瓢形瓶にフォーカスすると、中国では少なくとも宋時代には瓢箪形の瓶が作られており、以降も龍泉窯や景徳鎮窯の作例が目立ちます。また、朝鮮半島でも高麗青磁の作例が知られており、瓢形瓶は東アジア圏で古くから親しまれていたようです。

 伊万里焼において瓢形瓶は初期から作られますが、製作年代ごとに形姿や大きさ、高台の造り、装飾などが多様です。本稿では形姿に着目します。
 初期伊万里の時代(1610年代~40年頃)の瓢形瓶はくびれが緩やかで上半分は横に膨らみ、下半分は大きく下膨れになっているのが特徴です。ここに示した「染付 菊文 瓢形瓶」だけでなく、他館収蔵品や初期伊万里を産した佐賀・武雄の百間窯からの出土陶片にも同様の特徴が見られます。



  続く17世紀中期(1640年~60年代)は初期伊万里の気風を引き継ぎ、くびれが緩やかなタイプと、くびれがより細くあらわされているタイプの瓢形瓶が見られます。後者は、日本で祥瑞(しょんずい)と呼ばれている、中国・明時代末期の崇禎年間(1628~44)頃の景徳鎮民窯製品に見られる瓢形瓶の形状に倣ったものとされています。



 出展作品のなかでも「瑠璃釉 瓢形瓶」は特に腰がしっかりとくびれたタイプ。捻じり模様のように器面に線をあらわすのは、祥瑞の瓢形瓶の造形と近似する特徴です。祥瑞の瓢形瓶と並べてみるとよく似ていますが、祥瑞の方が器形に一層メリハリがついているように見えます。この差は成形技法の違いによって生じているのでしょう。

 中国・景徳鎮窯では瓶や壺を作る際には原則として胴継ぎが行われています。これは瓶や壺の胴やそこを部分的に作り、それぞれを接合してから焼成する成形技法です。祥瑞の瓢形瓶もお椀形のパーツを4つほど作ったのち、それぞれを接合して焼成することで瓢形を成しています。
 一方有田は轆轤挽きで一気に仕上げます。中国の胴継ぎ技法は却って手間が掛かりそうに思えますが、じつは瓢形瓶のような極端に緩急のついた器形は轆轤挽きで作るのも決して容易ではありません。恐らく、初期伊万里の時代には作ることができなかったのが、17世紀中期頃の伊万里焼の成形技術の高まりによって、くびれの細い瓢形瓶を模すことができるようになったのでしょう。



 祥瑞の影響を大きく受けた瓢形瓶ですが、17世紀も後半にさしかかると、再びくびれが緩やかになり、全体的にふっくらとした形姿の作例が目立つようになります。さらにくびれに紐、口部に竹節の装飾を施した凝った造形のものも登場。一定数作られていることから、流行のスタイルだったことが窺えます。



  以上のように伊万里焼の瓢形瓶は、胴部のくびれの緩やかな形状から展開していきます。17世紀中期の技術革新期には、轆轤技術の向上に伴い、中国からもたらされた祥瑞に影響を受けたより細くくびれたタイプが登場します。さらに、17世紀後半以降は両タイプともに並行して作られており、革新期に登場した器形やそれを作るための技術が、後年にも引き継がれている様子が窺えます。

 1月15日からの展覧会では色絵、染付、成形、釉薬の掛け分けの4つの装飾技法を軸に、17世紀中期の伊万里焼をご紹介します。伊万里焼の製磁技術の基盤となる名品多き時代の様相を個性豊かな出展作品から感じていただければ幸いです。


(小西)


【主な参考文献】
『九州陶磁の編年 九州近世陶磁学会10周年記念』九州近世陶磁学会 2000
『古伊万里のすべて』九州陶磁文化館 2001
大橋康二・荒川正明『初期伊万里 染付と色絵の誕生』NHKプロモーション 2004
『古九谷』出光美術館 2004
『色絵の煌 古九谷』大阪美術倶楽部・大阪美術商共同組合 2008


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