学芸の小部屋

2025年3月号
「第12回:国内に伝わった過渡期の伊万里焼」

 寒さの中に春の兆しも感じられる季節となりました。年明けから開催している『千変万化―革新期の古伊万里―』の会期も残すところ僅かです(~3月30日(日))。
今月の学芸の小部屋では、今展の最後のコーナーから「色絵 牡丹文 瓶」をご紹介いたします。



 本作は下膨れの胴に短い首がついた茶筅(ちゃせん)形の瓶。白い磁肌に、赤を主体とした絵付けが特徴です。胴部には欄干と牡丹の文様をあらわしていますが、ここに見られる牡丹文の描き方や文様構成は国内外の様々な器形の伝世品にも散見されます。この時代の定番文様のひとつであったのでしょう。
 こうした作風は、17世紀中期の技術革新期に見られる初期の色絵様式(古九谷様式)から、海外輸出時代の最盛期である1670年代頃までに登場する、いわば過渡期の伊万里焼に見られます。初期の色絵様式は国内の需要者に向けて当時珍重されていた中国磁器のスタイルを下地にしながら、次第に当世風の感性が加わった独自の作風を展開していました。ところが、1659年のオランダ東インド会社からの大量注文をきっかけに海外輸出時代へと急速に舵を切り、技術革新期に見られた作風の広がりは西洋の好みへと集約されていきました。移り変わりの最中に登場する白い素地に赤の上絵具を多用する伊万里焼は、当時の趣向に加えて、1670年代に成立する輸出向けの色絵様式である柿右衛門様式の萌芽も感じさせます。



 過渡期の伊万里焼は東南アジアや西欧などに輸出されているものもありますが、海を渡らずに日本国内に留まったものも少なからず存在します。伊万里焼は、江戸当時は流通品であったので、売り手がつけば国内外問わず販売したのでしょう。特に色絵の茶筅形の瓶は、明治から昭和にかけての売立目録(個人や名家の所蔵品などを決まった期日中に売る売立会のために、事前に配布される冊子目録)への掲載が複数確認されています。輸出を意識した絵付け様式を纏っていながらも、茶筅形という器形は日本好みであったのかもしれません。
 なお、本作は売立目録への掲載は確認できませんでしたが、外箱、塗栓に加えて、丸に梅鉢文の入った塗箱が付属して当館に伝わってきました。塗箱が付属した経緯や時期は不明ながらも、家紋入の箱と共に伝世していることから、日本国内にて流通したことが想像されます。

 ちなみに、売立目録に掲載されている作品はその時期までは国内に伝わっていたものとみられますが、実はその後に外国人コレクターに購入されて海を渡った作品も少なくありません。さらに最近になって日本に里帰りを果たした作品も存在します。
 次回展『西洋帰りのIMARI展―柿右衛門・金襴手・染付―』(2025年4月12日(土)~6月29日(日))では、17世紀後半から18世紀前半の輸出時代の伊万里焼を中心に近世に形成されたコレクションや外国人コレクターの動向、里帰り品等、「海を渡った伊万里焼」を多角的にご紹介いたします。
 偶然にも今年度末の展覧会と、次年度はじめの展覧会の内容が一続きとなりました。2025年度の展覧会も、引き続き、お楽しみいただけましたら幸いに存じます。


(小西)


【主な参考文献】
矢部良明「柿右衛門様式色絵磁器の成立過程についての二つの考察」『MUSEUM №335』東京国立博物館 1979
『九州陶磁の編年 九州近世陶磁学会10周年記念』九州近世陶磁学会 2000
『古九谷』出光美術館 2004
九州産業大学柿右衛門様式陶芸研究センター編『柿右衛門様式研究―肥前磁器 売立目録と出土資料―』九州産業大学21世紀COEプログラム柿右衛門様式陶芸研究センター売立目録研究委員 2008
森由美『ジャパノロジー・コレクション 古伊万里』KADOKAWA 2015


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