日本の春を代表する桜は、華やかに開花しては早々に散っていく姿のはかなさが、日本人の美意識に合い長く愛されてきた植物です。平安時代より栽培と鑑賞の習慣が始まり、貴族の服飾品などの文様としても表わされるようになりました。桜には稲の神が宿ると信じられ、開花の状況でその年の豊凶を占ったことからその文様には五穀豊穣への祈りが込められています。江戸時代には品種の増加とともに桜の表現も多様化し、鍋島焼においても写実的なものからパターン化されたものまで様々な形で表されています。
「色絵 柴垣桜花波濤文 皿」では染付の青で柴垣と波濤を表し、色絵の赤で図案化された桜文様が皿の円周に沿ってバランスよく配されています。波に桜を散らした文様は、同時代の「ひいな形図案集」の京友禅の裾紋様にも見られ、小袖の意匠としても好んで組み合わせられたモチーフです。皿の見込中心部に向かって荒々しく飛沫を上げて描かれている波の意匠は、どこまでも果てしなく続く様子から、終わりのない永遠を意味する文様でもあります。五穀豊穣の意味を持つ桜と合わせて、豊作が長く続いてほしいという願いが込められているのかもしれません。
ただし、本作品では桜と波のほかに吉祥の意味を持たない柴垣も合わせて描かれています。柴垣と桜の組み合わせは絵画などの中でも好んで描かれてきたモチーフです。“波に桜”“桜に柴垣”という日本の伝統文様を組み合わせて再構築している点に鍋島焼オリジナルの斬新さがあり、吉祥の意味を深めるというよりはデザイン的な構成のおもしろさを追究して完成したものと考えられます。
墨弾きで表された鍋島焼の柴垣文様には、線の1本1本にまで非常に丁寧な描写が施されています。1650〜60年代頃から肥前諸窯において始まったこの白抜き技法は、特に鍋島焼において主文様を引き立たせる地文として盛んに取り入れられました。作品をじっくりと観察すると、口縁に向かって染付の濃み染めに淡いグラデーションが施されており、最高級品であった鍋島焼の技術の高さを感じとることができます。
染付の青と上絵の赤のみという少ない色数でありながら、繊細な描写と均衡のとれた構成によって奥行きのある作品に仕上がっています。実物を近くでご覧いただき、日本磁器の最高峰ともいわれた鍋島焼の技をご堪能いただければ幸いです。
(金子) |