学芸の小部屋

2024年8月号
「第5回:蛸唐草文のうつわ」

 西瓜がおいしい季節となりました。現在開催中の『古伊万里から見る江戸の食展』(~9/29)では、食事の場面を爽やかに彩る染付のうつわを中心に出展していますが、中でも唐草文様の描かれた作例が目立ちます。

 唐草文は蔓状の植物をあらわした文様で、渦を交互に巻くのが特徴。花唐草と蛸唐草(たこからくさ)が大半を占めます。花唐草は蔓や葉に加えて花を伴ったタイプ、蛸唐草は渦巻く蔓に蛸の足のような突起状の葉を伴ったタイプです。今月の学芸の小部屋では、蛸唐草文のうつわに注目いたします。

 蛸唐草文の呼称の始まりは定かではありませんが、染付の伊万里焼が骨董市場で地位を確立していく昭和20年代後半頃にはそう呼ばれていたようです。伊万里焼にて蛸唐草文が見られるようになるのは17世紀中期頃で、基本は主文様に添える副次的な文様として登場します。18世紀以降はこれに加え主文様として器面を埋め尽くしたり区画割りをした構図の内外を描き埋めたりと、使用の幅が見られます。文様の構成要素が簡易な蔓と葉のみと最小限で主文様を邪魔しない他、どのような器形、器面であっても、渦の巻き方向さえ気を付ければ描き埋めることができる蛸唐草文は、伊万里焼の量産体制を整えた同時代に適していたのかもしれません。

 なお、18世紀以降の伊万里焼にみる蛸唐草文は以下の表のように製作年代によって描きぶりに変遷が見られます(表1)。





 表1のように、輪郭線と塗りつぶしの2工程を経ていたのが次第に線描きのみとなり、最終的には線と点での簡略な表現に変遷します。この変化は生産効率を鑑みたものと想像されますが、江戸当時、蛸唐草文のうつわはスタイルを変えながら広く長く市井に流通していたことが想像されます。

 ところで、青は食欲を減退させる色とされています。にもかかわらず、江戸時代の伊万里焼に染付の青色で装飾をしたうつわが多くみられる一因として、和食の色彩も影響しているのではと考えます。
 人が食べ物をおいしそうに感じる条件は、科学的な根拠に加え心理的な要素もはらみ、非常に複雑です。その条件の一つとして、食器と料理のトーン差が感じられるとき、料理が引き立ち、食欲が増幅されると言います。そもそも自然界に存在する食材に青色系が少ないという前提はありますが、日本料理は醤油の茶を筆頭に、卵の黄やまぐろの赤など落ち着きのある暖色系を基本とした色彩です。特に、煮つけなど和食の茶色系の菜(さい/おかず)は染付のうつわに盛るとよく映えます。
 また、白地と絵付けの青色が適切な割合であること、料理に合った文様のうつわであることは、料理や食材を鮮やかに際立たせ、食欲を増進させる効果が期待できると既に指摘されています。つまり、食事をおいしく見せるのには、その料理に合う青色の文様のみならず、うつわの白地や他の色とのバランスも肝要なのではないでしょうか。
 江戸の市井の風俗をあらわす浮世絵からは、うつわが与える食事への影響が垣間見えます。例えば三代歌川豊国「十二月ノ内 水無月土用干」には白地の多い染付のうつわに西瓜が盛られ、なんとも涼し気でおいしそうに見えます。一方、月岡芳年「風俗三十二相 おもたそう 天保年間深川かるこの風ぞく」では、内外を蛸唐草文で埋めた大皿に刺身が盛られています。赤身の刺身には少し青色が強く感じるうつわですが、ここではツマや大根おろしと思しき薬味の白、笹の葉の緑によって色彩のバランスが整えられており、料理が一層引き立っています。こうした料理に合わせてうつわや取り合わせを選択する心は、今も昔も変わらないように思います。


 人が食べ物をおいしそうと感じるのには、前述の色彩的な要素に加えて、これまでの食体験や個人の色彩の好みも起因するとされています。であれば、現代において染付のうつわを何気なく取り入れている日本の食事の場面は、江戸時代における「おいしそうな食の場面」と地続きなのではないでしょうか。私たちが料理に合わせてうつわを選ぶ楽しみの一端に、青色のうつわを好む和食の伝統が、脈々と受け継がれているのかもしれません。

(小西)


【主な参考文献】
中島誠之助『古伊万里染付入門』平凡社 1992
『別冊太陽 絵皿文様づくし』平凡社 1996
『別冊太陽 染付の粋』平凡社1997
近江 源太郎「食品色彩の心理的効果」(『Foods & food ingredients journal of Japan』1997年10月号(通号174)p.37-43)豊中 : FFIジャーナル編集委員会 1997
鈴田由紀夫「古伊万里入門蛸唐草編」(『小さな蕾』1999年8月号(通号373) p.19-41)創樹社美術出版 1999
川嶋比野・数野千恵子「染付皿に占める青色の割合が和食に与える影響」(『日本家政学会誌』61巻12号(通号548) p. 805-811)日本家政学会 2010
川嶋比野・数野千恵子「青色の皿の絵柄が和食に与える影響」(『日本家政学会誌』67巻2号(通号610) p. 66-80)日本家政学会 2016
川嶋比野『染付皿の青色が食欲や心理的おいしさに影響を与える要因についての研究』実践女子大学大学院生活科学研究科食物栄養学博士論文 2018


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