学芸の小部屋

2012年3月号

桃の節句

「色絵 雪輪亀甲文 桃形皿」 伊万里
18世紀前半  口径21.2×20.2cm

春に先駆けて花を咲かせることで、厳しい環境にも負けない生命力・精神力の象徴である吉祥花、梅。その梅の蕾もようやくほころび始めてまいりました。梅に続いて花を咲かせる桃の開花はもう少し先になりそうですが、今回は、3月3日桃の節句にちなみ、桃形の皿をご紹介いたします。

落ち着いた色調の赤に、金彩の唐草文を地として、雪輪形・亀甲形に窓を抜いて、その中に松竹梅や石畳、唐花などの文様を充填した古伊万里金襴手様式の皿。全体の濃厚な配色・施文に対して、雪輪の白が清らかさを感じさせ、舞うように蔓を巻く唐草の地紋、桃の形などが相まって、見る者に軽やかで愛らしい印象を与えます。また、桃・雪輪・亀甲・松竹梅はいずれも吉祥モチーフであり、皿の裏面にもやはりおめでたい意味を含む熨斗文が描かれており、全体に慶賀の気分が満ちています。

現在開催中の『祝福のうつわ展』第3展示室では、五節句にちなむ文様の伊万里焼を展示していますが、愛らしさと慶賀の気分を具えた本作品は、まさに桃の節句にふさわしいうつわ、と言えるのではないでしょうか。

現在、女児の誕生と健やかな成長を祝う節句として親しみのある3月3日。旧暦では桃の花咲く季節に当たることから「桃の節句」と呼ばれるようになったと言いますが、それがいつごろからのことなのか明らかではありません。
桃の節句はもともと、「上巳(じょうし/じょうみ)の節句」という、3月の最初の巳の日に、祓禊(みそぎはらい、不浄祓い)をする中国の風習に由来します。唐代の類書『藝文類聚』では、三月上巳を「三月桃花水之時」とも表現しており(※1)、ここに初めて上巳と桃の結びつきを見出すことができます。(桃花水とは、桃の花が咲くころに、春雨や雪解け水によって河川が増水することを指します。)
日本では、『宇多天皇御記』(寛平2年=809)に上巳の節句に「桃花餅」を食すという記載から、平安時代後期ごろより節句と桃花が結び付けられるようになったと考えられています(※2)。
しかし、この節句と桃との因縁は、単に桃の花が咲く季節だから、というだけではないようです。

中国では「桃」の字は「逃」と同じ発音であることから、邪気払い(凶事から「逃」れる)の仙木・仙果とみなされ、古来、祓禊とは関連深い植物でした。例えば五経の一つ、『礼記』檀弓下には、葬儀の際、巫女に桃木製の杖を持たせることで邪鬼を避けるという記述があり(※3)、『春秋左氏伝』昭公四年には、桃木製の弓で棘製の矢を射れば災いを避けることができるとあるなど(※4)、桃木製の魔除け道具を用いる故事伝記、習俗は枚挙にいとまがありません。このような桃の性格が上巳の節句と結び付けられる要因になったものと考えられます。

さらに、崑崙山(こんろんさん)に住まう、中国の神仙思想の中で最高位の女仙「西王母」も「3月3日」と「桃」に深いかかわりを持っている存在です。彼女の庭には蟠桃(ばんとう)と呼ばれる3000年に一度実を結ぶ桃の大樹があり、それを食すと不老長寿となると伝えられています。また、3月3日には天上の諸神が彼女のもとに集まって蟠桃会という宴を開く上、彼女の誕生日であるともいいます。

ただし上巳の節句が3月の巳の日ではなく3日に固定されるのは、中国では魏晋時代からのことですし(日本では室町時代)、上記の西王母が蟠桃会を開くという記述はかなり後の明代になってから文献中に見られ始めますので、安易に節句と西王母を結びつけることはできません。
それでも現代の私たちが、春に咲く桃花ではなく、夏に熟す果実をかたどったこの作品を見て、無理なく「桃の節句」のうつわに見立てることができるのは、西王母のイメージが影響しているものと考えられます。(3月の季節の和菓子として「西王母」と題される桃果形の上生菓子も作られていますね!)


今回ご紹介した皿は第3展示室の単体ケースに展示しておりますが、今展示にはほかにも桃をモチーフとしている作品が少なくありません。伊万里焼と鍋島焼の桃の表現の違いなどにも注目してご覧いただければと思います。

なお「祝福のうつわ展 —伊万里・鍋島名品撰—」は3月25日(日)で終了します。3月26日から4月27日までの約1ヵ月間は展示替え、および館内整備のため休館となりますので、ご注意ください。4月28日(土)からは、「開館25周年記念特別展 柿右衛門展」が始まります。

※1『韓詩外傳』からの引用として「三月桃花水之時、鄭国之俗、三月上巳、之(秦)(有)両水之、招魂續魄、秉蘭草、祓除不祥。」(秦)(有)はそれぞれサンズイを伴う。
※2 小南一郎「桃の傳説」『東方学報』2000 pp.49-77 参照
※3「君臨臣喪、以巫祝桃列執戈、悪之也、所以異於生也。」
※4「桃弧棘矢、以除其災」


(杉谷)
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