学芸の小部屋

2025年4月号
「第1回:輸出向けの伊万里焼」

 当館の庭の枝垂桜はちょうど見頃を迎えていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。当館では4月12日より開催予定の『西洋帰りのIMARI展―柿右衛門・金襴手・染付―』(〜6月29日(日))の準備を進めております。江戸時代にヨーロッパに向けて輸出され、その後里帰りを果たした作品をはじめ、輸出向けと考えられる伊万里焼を約80点展示いたします。展覧会に先駆けて、今回の学芸の小部屋では出展予定品の中から「色絵 牡丹文 蓋物」(図1)をご紹介いたします。



 本作は、三足を伴う本体に、丸みを帯びた蓋が付いた蓋物です。胴部から蓋にかけては、染付の青・上絵の赤・金で牡丹文を絵付けしており、古伊万里金襴手様式の時代の作と窺えます。

 特徴的であるのは、蓋の上部に付された小さな3体の人形や茶器(図2)。3人の人物はそれぞれ黒・赤・薄赤の長着に腰で帯を結ぶ、いかにも日本的な衣装を纏っています。一方で、周囲に配された茶器はティーポットと、同素材同意匠とみえるカップ&ソーサーという、当時のヨーロッパで流行していた喫茶文化に則ったもの。和と洋が混在する装飾であり、本体外側面と蓋に絵付けされた牡丹文も含めて、ヨーロッパの人々の東洋趣味を満たす、輸出向けの伊万里焼と推測されます。



 蓋上の人形は指先程の小ささですが、一人ひとり形姿が変えられ、目鼻や着物も細かく描き込まれています。一見白っぽく見えているティーポットの体部やカップ&ソーサーにも薄赤が塗られ、かつカップ&ソーサーにはそれぞれ口縁に金彩が施されるという凝りようです。これらを成形して、絵付けする手間もさることながら、焼成にも苦労が多かったとみえます。人形や茶器は釉薬によって蓋上に接着されていますが、類品の中にはカップ&ソーサーのカップが大きく傾いているものも見られ、半球状の蓋の上で人形や茶器が転がることなく焼き上がるのは難しかったことでしょう。ここまでのこだわりようから量産には向かず、オランダ東インド会社などからの何らかの指示や要望に応じて製作されたものではないかと想像されます。

 さらに、本作に関して、アウグスト強王のコレクションについての研究・公開が進んだことにより興味深い事実を知り得ました。ザクセン選帝侯のフリードリッヒ・アウグスト1世、通称アウグスト強王(1670~1733)は、稀代の東洋磁器コレクターとして知られる人物。彼のコレクションにはパレスナンバーと呼ばれる番号が付され、その番号に対応する目録も残されています。本作の類品もアウグスト強王コレクションに2点含まれており(図3)、1721~27年に作成された目録にも記載されていることが判りました。



 これまで、本作の用途は漠然とお菓子などを入れる容器、あるいは室内調度品などかと想像してきましたが、アウグスト強王のコレクションの場合は1721~27年作成の目録に“2 Butter Büchsen”(2つのバターボックス)と記されていると言います(註1)。ただし、目録には他にもバターボックスという記述が幾つもありますが、該当作品の特定により現在はバターボックスというよりもチュリーン(スープや野菜の煮物などを入れる蓋付きの鉢)と解されている例もあります(註2)。パレスナンバーの記された本作の類品も実際にバターボックスとしての役割を果たしたかどうかは定かではありませんが、当時の目録作成に関わった人々、あるいは1718年6月20日に運び込まれた磁器の明細にも同品と推定されている“2 butter büchßen”の記述があると指摘されていますので、その明細作成に関わった人々の間ではこの種の蓋物はバターボックスと呼び得るものであったと推測されます。

 ちなみに、バター用のうつわの需要はオランダ東インド会社の資料からも確認できます。1659年に長崎商館からバタヴィアおよびオランダ向けに送られた荷物の送り状には、「深いバター皿」が「100個」、1662年のオランダ向けの送り状には「バター皿」「120個」、1722年のバタヴィア総督邸への荷物の仕訳帳には「バター用小深皿」「100個」などと記されていると言います。バターという当時の日本人には馴染みのない食べ物のためのうつわが製作され、ヨーロッパへと運ばれていた様子が窺えます。

 上述のオランダ東インド会社資料に記載されるバター用のうつわがどのような形状や装飾であったのかは判明しておらず、また、本作も有田に製作が指示される、あるいは日本から輸出される際にどのような名目であったのかは残念ながら現状知る術はありません。ただし、1721~27年の目録にも記載されたパレスナンバー入りの類品の存在、また他にも数点ヨーロッパに残る類品があることなどから、名目や用途はともかく少なくともこの種の蓋物が製作とほぼ同時代に海を渡った輸出向けの伊万里焼であったことは明らかです。

 現代においては、ヨーロッパのコレクションの内容が様々変化し、伊万里焼の里帰りも進んでいます。また、江戸時代当時は国内でも海外でも買い手が付けばいずれにも販売されたと考えられますので、17~18世紀に実際に輸出された伊万里焼を判別していくことは容易ではありません。パレスナンバーが刻まれた本作の類品のように、実際の作例と目録とが照合できる例は貴重です。当時、どのような伊万里焼が海を渡り、どのように受容されたのか、『西洋帰りのIMARI展―柿右衛門・金襴手・染付―』では様々な手掛かりから探っていきます。ご高覧いただけますと幸いです。


(黒沢)


(註1)"Box with cover. Inv. no. PO 4872." The Royal Dresden Porcelain Collection. Porzellansammlung, Staatliche Kunstsammlungen Dresden. https://doi.org/10.58749/skd.ps.2024.rpc.c1.127998 (accessed 16 March 2025). "Box with cover. Inv. no. PO 4873." The Royal Dresden Porcelain Collection. Porzellansammlung, Staatliche Kunstsammlungen Dresden. https://doi.org/10.58749/skd.ps.2024.rpc.c1.169813 (accessed 16 March 2025). (註2)"Covered bowl. Inv. no. PO 5095." The Royal Dresden Porcelain Collection. Porzellansammlung, Staatliche Kunstsammlungen Dresden. https://doi.org/10.58749/skd.ps.2024.rpc.c1.119622 (accessed 16 March 2025).

【主な参考文献】
・佐賀県立九州陶磁文化館『古伊万里の道』同2000
・櫻庭美咲ほか編『オランダ東インド会社貿易史料にみる日本磁器』九州産業大学21世紀COEプログラム柿右衛門様式陶芸研究センター2009
・Ruth Sonja Simonis, Microstructures of Global Trade. Porcelain Acquisitions through Private Networks for Augustus the Strong, Heidelberg: arthistoricum.net, 2020
・櫻庭美咲編『アウグスト強王コレクション―18世紀前期輸出磁器と「日本宮」の日本表象研究―』神田外語大学2023


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