学芸の小部屋

2025年6月号
「第3回:把手付きカップアンドソーサーの原点」

 紫陽花のほのかな色彩が日ごと深まるとともに、開催中の『西洋帰りのIMARI展-柿右衛門・金襴手・染付-』の会期終了が近づいてまいりました(~6月29日)。今月の学芸の小部屋は、同展の出展品からカップアンドソーサーをご紹介いたします。



 カップアンドソーサーとは、小杯と小皿を組み合わせた喫茶用のうつわ。西洋での茶の普及に伴い、1610年代には中国の磁器製の小杯がオランダ東インド会社を通じてもたらされていたようです。その後、1645年頃にコーヒー用の磁器製カップの一大消費地であったトルコで、別々に作られた小杯と小皿を組み合わせて使用するスタイルが始まったとされ、オランダ東インド会社を通じて西洋の喫茶文化に浸透していきました。

 小杯と小皿、すなわちカップアンドソーサーの原点となるふたつの器種は、当時輸出された伊万里焼の中でも主力商品でした。オランダ東インド会社の貿易記録のほか、オランダ各地の遺跡の出土例の大半を占めることが先行研究で指摘されています。ただし、小杯のみと小皿を伴う輸出記録とがあり、後者はカップアンドソーサーとして揃いで注文および製作された可能性も想像されます。



 なお、カップアンドソーサーの西洋での早い例は、オランダ・デルフト窯の食器揃(セルヴィス)の「ロブコヴィッツ・セルヴィス」にみとめられ、1680年代には陶器製のカップアンドソーサーが製作されていたことが窺えます。
 磁器窯でのカップアンドソーサーの早い例はマイセン窯にみられます。東洋磁器に倣ったカップに把手のないタイプに加えて、開窯まもなく把手の付いたタイプも登場しました。特に早い例としては、マイセン窯創設の立役者である錬金術師の名を冠したベトガー炻器やベトガー磁器の例で、1710年代に製作の宮廷付金銀細工師イルミンガーのモデルに把手のついたカップが散見されます。こうした把手付きのカップアンドソーサーが主流になっていくのは1730年代以降のこととされ、フランス・セーヴル窯など西洋諸窯にも浸透し、以降はカップに把手が付くタイプがスタンダードスタイルとなっていきました。



 ちなみに、カップの把手がなぜつけられたのかは定説をみていません。恐らく茶を飲むのに小杯を直接持つのは熱く、何かつまめる部分が欲しかったのでしょう。その発想元として、西洋における把手付きの器種への馴染みや、これをめざして磁器に金属器を施すといった、当時の生活文化があったと想像します。あるいは、演劇や絵画にもしばしば皮肉的にあらわされるように、茶をソーサーにこぼして冷まし、皿から飲むという行為が倦厭されるようになったことで、カップに直接口をつけて飲むための工夫が必要だったのかもしれません。いずれにせよ、東洋磁器での把手付きカップの例は、管見の限り西洋諸窯製品より後発の、輸出向けと思しき器種の他は見当たらず、カップに把手をつける発想は西洋由来と言って差し支えないでしょう。

 カップアンドソーサーの原点は東洋磁器でしたが、西洋の喫茶スタイルに寄り添うように把手付きカップが登場し、現代においては国を問わず馴染み深いものとなりました。時代と国を越えた文化交流に思い馳せていただけると、いつものティータイムがよりおいしく感じられるかもしれません。


(小西)


【主な参考文献】
・南川三治郎 大平雅己『コーヒーorティー マイセン』美術出版社1992
・松下久子「オランダ連合東インド会社とコーヒーカップ」『陶説510』日本陶磁協会1995
・佐賀県立九州陶磁文化館『古伊万里の道』同2000
・前田正明 櫻庭美咲『ヨーロッパ宮廷陶磁の世界』角川書店2006
・堀内秀樹「オランダ消費遺跡出土の東洋陶磁器-17世紀から19世紀における東洋陶磁器貿易と国内市場-」『東洋陶磁36』東洋陶磁学会2007
・櫻庭美咲 シンシア・フィアレ『オランダ東インド会社貿易史料にみる日本磁器』九州産業大学21世紀COEプログラム2009
・野上建紀「チョコレートカップの変遷と流通」『金大考古64』2009
・櫻庭美咲「ヨーロッパにおける磁器製茶器の発展―肥前磁器製茶器からヨーロッパ製磁器のセルヴィスへ―」『周縁の文化交渉学シリーズ1 東アジアの茶飲文化と茶業』関西大学文化交渉学教育研究拠点2011
・岐阜県現代陶芸美術館ほか『デミタスコスモス 宝石のきらめき カップ&ソーサー』岐阜県現代陶芸美術館2014
・Cha Tea紅茶教室『新装版 図説英国ティーカップの歴史 紅茶でよみとくイギリス史』河出書房新社2025
・松村真希子 矢島律子『妃たちのオーダーメイド セーヴル フランス宮廷の磁器 マダム・ポンパドゥール、マリー=アントワネット、マリー=ルイーズの愛した名窯 展覧会図録』AsHI2025


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