2026年度夏号
「浮世絵からみる酒杯」
夏もいよいよ本番を迎え、冷えたお酒を楽しみに家路を急ぐ季節がやってまいりました。
7月3日(金)より開催の『酒がおいしい古伊万里展』は、酒をおいしく楽しめそうな古伊万里を特集した展覧会です。江戸時代当時の酒事情を踏まえ、絵画や文献から酒にかかわるうつわ、酒器の使用例を参照し、類似する器形の作品を酒器に見立てて展示します。今回の学芸の小部屋は、展覧会にちなみ、磁器の酒杯に焦点を当てます。
浮世絵などを見ても、形のバリエーションに富んでいるのが酒杯です。酒杯とは飲酒器であり、酒を飲むために直接口をつけるうつわを言います。今展では、様々な杯や猪口などをこれに見立てています。
飲酒器は古くは土器(かわらけ)や漆の塗盃などが主流でしたが、江戸時代後期には主に略式の場面で磁器の酒杯の使用も広がっていきます。文献から当時の酒杯の様子を窺うと、江戸時代の百科事典である『和漢三才図会』(寺島良安 編/正徳2年(1712)成立)巻31「杯(さかづき)」の項では土器(かわらけ)や塗盃を指し、浅く平たい器形の挿絵が確認できます。一方で「盞(ちょく)」の項には、「盞は盃の最も小さき者、俗に云ふ猪口盃なり」とあり、挿絵には様々な形状の小碗形のうつわが描かれています(図1)。さらに、食器以外に冷酒の酒杯として使用するとあり、料理を盛るための「猪口」と冷酒(燗をしていない酒)を飲むためのうつわとしての「猪口」の2つの用途が窺えます。
幕末の風俗誌である『守貞謾稿』(喜田川守貞/嘉永6年(1853))には、盃も最近は漆器を使うのは珍しく、磁器を使用すると言い、磁器の飲酒器の普及がうかがえます。また、磁杯は江戸・大坂・京都の三都で「猪口(ちょく)」と呼ぶと記されています。さらに「近制猪口」の項目では、紙のように薄く、口径2寸ばかり(約6㎝)、深さ8分ばかり(約2.5㎝)、大小ありと記述され、挿絵でも紹介されています(図2)。
向付(むこうづけ)や蕎麦猪口と思しき大型品も、近現代において酒器と見立てることがありますが、各文献の記述からして江戸時代に使用された酒杯は、「大小あり」とは言うものの概ね小型であったことが想像されます。これをさらに裏付けるのが、浮世絵に描かれた酒杯の持ち方です。特徴的なものを以下の表にまとめました。
上表で取り上げた器形1~8は浮世絵の中にしばしば登場するもので、少し高さのある高台を持つのが特徴です。持ち方としては、1~7の親指を口縁付近にかけ、他の指を高台に添えたり高台内に入れたりといった様子が目立ちます。試みに筆者が同じ持ち方で出展作品を持ってみましたが、酒杯として実用に供すると思われるのは、どんなに大きくとも口径7cm程度まででした。また、器形によっても持ちやすさが異なります。特に上表1~7と同様の持ち方をするのであれば、高台がしっかりと削りだされているものの方が安定しやすく、碁笥底(ごけぞこ)や蛇の目など高台部分が低かったり、べた底になっていたりするものよりも手馴染みが良い傾向にありました。
参考として、蕎麦のつけつゆ入れを持つ手の表現も確認してみましょう。図3で蕎麦を食べている達磨大師が手にしているのは高台のない寸胴形のうつわ、いわゆる蕎麦猪口です。厳密な大きさは不明ですが、少なくとも上表で紹介した酒杯よりは大きいことが想像され、持ち方も胴部をしっかり握りこんでいます(図3)。蕎麦を食べる場面において、蕎麦猪口は本作の他にも概ね同様の持ち方が確認できることから、もし蕎麦猪口を酒杯として使用する場面を描くのであれば、胴部分を握りこむ表現になるのではと想像します。ただし、そういった作例を筆者は未だ見たことがないことからも、江戸時代の酒杯の主たるものは小型品であったと推察します。
浮世絵に描かれている風景は必ずしも実景ではないのでしょうが、むしろ創作の中にこそ、当時の様子が息づいていると考えます。また、描かれるうつわは主題ではなく略筆で描かれることも少なくありません。しかしその中で酒杯はいくつかの器形が描き分けられており、当時様々な形の身近なうつわで酒を楽しんでいた様子を垣間見ることができるのではないでしょうか。
『酒がおいしい古伊万里展』には、酒器として見立てた猪口を口径の大きさ順に並べたレーンがあります。酒器として使用するならどの大きさが丁度良いか、ご自身が参加する酒の場面に見立てて想像しながらお楽しみいただければと存じます。
余談ですが、筆者は器形問わず口径6cm程度のうつわであればお酒を楽しむのにちょうどよさそうでした。
【主な参考文献】
江戸遺跡研究会編『図説江戸考古学研究事典』柏書房2001
矢部良明 責任編集『角川 日本陶磁大辞典』角川書店 2002
『「近世考古学の提唱」50周年記念研究大会 近世の酒と宴』「近世考古学の提唱」50周年記念研究大会実行委員 2019
小西麻美「古伊万里から見る 江戸の食展」日本陶磁協会編『陶説№851』同2024 P50-59
7月3日(金)より開催の『酒がおいしい古伊万里展』は、酒をおいしく楽しめそうな古伊万里を特集した展覧会です。江戸時代当時の酒事情を踏まえ、絵画や文献から酒にかかわるうつわ、酒器の使用例を参照し、類似する器形の作品を酒器に見立てて展示します。今回の学芸の小部屋は、展覧会にちなみ、磁器の酒杯に焦点を当てます。
浮世絵などを見ても、形のバリエーションに富んでいるのが酒杯です。酒杯とは飲酒器であり、酒を飲むために直接口をつけるうつわを言います。今展では、様々な杯や猪口などをこれに見立てています。
飲酒器は古くは土器(かわらけ)や漆の塗盃などが主流でしたが、江戸時代後期には主に略式の場面で磁器の酒杯の使用も広がっていきます。文献から当時の酒杯の様子を窺うと、江戸時代の百科事典である『和漢三才図会』(寺島良安 編/正徳2年(1712)成立)巻31「杯(さかづき)」の項では土器(かわらけ)や塗盃を指し、浅く平たい器形の挿絵が確認できます。一方で「盞(ちょく)」の項には、「盞は盃の最も小さき者、俗に云ふ猪口盃なり」とあり、挿絵には様々な形状の小碗形のうつわが描かれています(図1)。さらに、食器以外に冷酒の酒杯として使用するとあり、料理を盛るための「猪口」と冷酒(燗をしていない酒)を飲むためのうつわとしての「猪口」の2つの用途が窺えます。
幕末の風俗誌である『守貞謾稿』(喜田川守貞/嘉永6年(1853))には、盃も最近は漆器を使うのは珍しく、磁器を使用すると言い、磁器の飲酒器の普及がうかがえます。また、磁杯は江戸・大坂・京都の三都で「猪口(ちょく)」と呼ぶと記されています。さらに「近制猪口」の項目では、紙のように薄く、口径2寸ばかり(約6㎝)、深さ8分ばかり(約2.5㎝)、大小ありと記述され、挿絵でも紹介されています(図2)。
向付(むこうづけ)や蕎麦猪口と思しき大型品も、近現代において酒器と見立てることがありますが、各文献の記述からして江戸時代に使用された酒杯は、「大小あり」とは言うものの概ね小型であったことが想像されます。これをさらに裏付けるのが、浮世絵に描かれた酒杯の持ち方です。特徴的なものを以下の表にまとめました。
上表で取り上げた器形1~8は浮世絵の中にしばしば登場するもので、少し高さのある高台を持つのが特徴です。持ち方としては、1~7の親指を口縁付近にかけ、他の指を高台に添えたり高台内に入れたりといった様子が目立ちます。試みに筆者が同じ持ち方で出展作品を持ってみましたが、酒杯として実用に供すると思われるのは、どんなに大きくとも口径7cm程度まででした。また、器形によっても持ちやすさが異なります。特に上表1~7と同様の持ち方をするのであれば、高台がしっかりと削りだされているものの方が安定しやすく、碁笥底(ごけぞこ)や蛇の目など高台部分が低かったり、べた底になっていたりするものよりも手馴染みが良い傾向にありました。
参考として、蕎麦のつけつゆ入れを持つ手の表現も確認してみましょう。図3で蕎麦を食べている達磨大師が手にしているのは高台のない寸胴形のうつわ、いわゆる蕎麦猪口です。厳密な大きさは不明ですが、少なくとも上表で紹介した酒杯よりは大きいことが想像され、持ち方も胴部をしっかり握りこんでいます(図3)。蕎麦を食べる場面において、蕎麦猪口は本作の他にも概ね同様の持ち方が確認できることから、もし蕎麦猪口を酒杯として使用する場面を描くのであれば、胴部分を握りこむ表現になるのではと想像します。ただし、そういった作例を筆者は未だ見たことがないことからも、江戸時代の酒杯の主たるものは小型品であったと推察します。
浮世絵に描かれている風景は必ずしも実景ではないのでしょうが、むしろ創作の中にこそ、当時の様子が息づいていると考えます。また、描かれるうつわは主題ではなく略筆で描かれることも少なくありません。しかしその中で酒杯はいくつかの器形が描き分けられており、当時様々な形の身近なうつわで酒を楽しんでいた様子を垣間見ることができるのではないでしょうか。
『酒がおいしい古伊万里展』には、酒器として見立てた猪口を口径の大きさ順に並べたレーンがあります。酒器として使用するならどの大きさが丁度良いか、ご自身が参加する酒の場面に見立てて想像しながらお楽しみいただければと存じます。
余談ですが、筆者は器形問わず口径6cm程度のうつわであればお酒を楽しむのにちょうどよさそうでした。
(小西)
【主な参考文献】
江戸遺跡研究会編『図説江戸考古学研究事典』柏書房2001
矢部良明 責任編集『角川 日本陶磁大辞典』角川書店 2002
『「近世考古学の提唱」50周年記念研究大会 近世の酒と宴』「近世考古学の提唱」50周年記念研究大会実行委員 2019
小西麻美「古伊万里から見る 江戸の食展」日本陶磁協会編『陶説№851』同2024 P50-59
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2026年










































































































































































































