学芸の小部屋

2025年7月号
「第4回:釉薬と露胎」

  東京は梅雨とは名ばかりに暑い日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。現在、当館では7月11日(金)より開催予定の『古伊万里カラーパレット―釉薬編―』(〜9月28日(日))への展示替えを行っております。『古伊万里カラーパレット』は、江戸時代の伊万里焼の色を特集した、夏秋連続企画展示。前期にあたる夏季展では、やきものの表面に施されるガラス質の膜である釉薬(ゆうやく)による装飾に注目します。今回の学芸の小部屋では、展覧会を先取りして「瑠璃釉色絵 龍虎文 瓶」(図1)をご紹介します。



 いわゆる茶筅形(ちゃせんがた)の、下膨れの胴部を有する瓶です。底部は六角形でありながら、肩部から口部にかけては上から見ると円形とし(図2)、胴部にも不規則なへこみを故意に施した、型による複雑な造形です。



 胴部の文様は、凹凸で表現した虎と龍を主題とし、梅や牡丹、桐葉などもあらわしています(図3)。虎や背景は淡い橙色に、龍や梅花は白く、桐葉や牡丹、雲は藍色に仕上げ、部分的に上絵の赤や金で線描きを加えて彩りを添えています。



 彩色のうち、白く見えている龍や梅花などの部分は透明釉を筆でしっかりとのせている部分です。透明釉は伊万里焼の基本とも言える釉薬。伊万里焼の素地は白色であるため、上に透明釉を施すことで白い磁肌に仕上がります。
 試みに、顕微鏡カメラで白い龍の部分を撮影してみました(図4)。淡い橙色の部分に比べ、釉薬の厚み分、盛り上がっています。釉面には光沢があり、内部には無数の微小な気泡が含まれていることが観察できます。



 気泡は焼成中に発生したガスが、粘度のある釉薬に閉じ込められたもの。微小な気泡が光の散乱をもたらすため、透明釉と言いつつ厳密にはやや失透気味となっています。
 続いて、藍色の雲の部分を見てみましょう(図5)。こちらは瑠璃釉(るりゆう)と呼ばれる、酸化コバルトを呈色剤とした有色の釉薬です。瑠璃釉部分にも微小な気泡が含まれ、厚く掛かった部分は深い青色に発色しています。



 淡い橙色の虎や背景も撮影してみました。一見釉薬が掛かっていないように思われましたが、虎部分を見ると、しっかりと施釉した白色や藍色の部分と同様に全体に光沢があり、無数の微小な気泡に覆われていること、また、釉薬の溜まりやすい凹部分は白く見えていることが確認できました(図6)。



 参考に、底裏部分も撮影してみると、虎部分と似たような様子。一方で、内面には光沢はありません(図7)。つまり、内面は施釉をしておらず、虎など淡い橙色の部分も含めて外面には全体に薄く透明釉を塗った、もしくは一度透明釉を掛けて拭った、などの可能性が考えられます。



 ちなみに、淡い橙色の背景のほとんどは、先の尖った道具で素地に窪みをつける刺突文(しとつもん)で覆われています。凹状の施文は型では難しいので、型による成形の後に刺突文を施したとみられますが、その細かさから途方も無い作業と言えるでしょう。刺突文の周囲にはごく薄く釉薬が掛かった様子が見える一方で、刺突文の内側には光沢や気泡が見えず、基本的には露胎(ろたい/釉薬が掛かっていない)状態であると考えられます(図8)。


 「瑠璃釉色絵 龍虎文 瓶」の表面の観察から、龍や雲などの文様部分の透明釉や瑠璃釉はしっかりと盛られていること、一見露胎と見える淡い橙色部分にも薄く透明釉が施された形跡があること、刺突文内には釉薬は入り込んでおらず基本的に露胎状態とみられること、などがわかってきました。釉薬の特徴として、やきものの表面に質感を与えることが挙げられますが、本作は造形へのこだわりのみならず、釉薬の色や厚み、有無によって多彩な色彩や質感が生じた優品と言えるでしょう。このように、1つのうつわに2つ以上の釉薬を用いる掛け分けの作品には、手の込んだ作例が少なくありません。『古伊万里カラーパレット―釉薬編―』では館蔵の掛け分け優品も様々出展いたします。ぜひご高覧くださいませ。


(黒沢)


【主な参考文献】
・樋口わかな『やきものの科学』誠文堂新光社2021


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