学芸の小部屋

2025年11月号
「第8回:古伊万里の彩り―赤・青・緑・黄―」

  庭の木々が少しずつ色づき、いよいよ秋の深まりを感じます。皆様いかがお過ごしでしょうか。現在、当館では『古伊万里カラーパレット―絵具編―』を開催中です(〜12月21日(日))。『古伊万里カラーパレット』は、江戸時代の伊万里焼の色を特集した、夏秋連続企画展示。後期にあたる秋季展では、絵具による装飾に注目しています。今回の学芸の小部屋では、伊万里焼の濃(だみ/塗りつぶしのこと)によく用いられる、赤・青・緑・黄の組み合わせを特集します。

 伊万里焼の製作上、絵具を使用して文様を描く工程は、「下絵付け」と「上絵付け」の2種類があります。下絵付けの代表が呉須絵具(ごすえのぐ)を使用する染付(そめつけ)。文様は青色であらわれます。一方、上絵付けでは様々な色の上絵具(うわえのぐ)があり、赤・青・緑・黄などが表現できます。つまり、伊万里焼で見られる基本の4色は、上絵の赤、染付または上絵の青、上絵の緑、上絵の黄と言い換えられます。
 また、下絵付けでも上絵付けでも、伊万里焼の場合は原則的に線描きをしてから、濃(だみ)を施します。線描きができる色は限られており、江戸時代の伊万里焼では染付の青と、主に上絵の赤・黒・金・銀です。上絵の青・緑・黄などは濃(だみ)向きの絵具です。
 このように、絵付けの工程によってあらわせる色が異なり、また、色によって線描きや濃(だみ)の向き不向きもあります。豊かな装飾をまとった伊万里焼は、性質の異なる呉須絵具や上絵具を駆使して生み出されていると言えます。
 赤・青・緑・黄の4色で濃を施した作品の中でも、輪郭線の色、青は下絵付けか上絵付けか、あるいは絵具自体の色調や盛り上げる厚さ、配色などによって様々な趣が見られます。

 以上を踏まえて、作品を見ていきましょう。まずは上絵付けが始まった17世紀中期の作例です(図1)。「色絵 丸文 葉形皿」は、葉形に作った皿に、染付の青・上絵の赤・緑・黄で濃(だみ)を施した作品。いわゆる「祥瑞手(しょんずいで)」と呼ばれる作風です。「色絵 樹下人物文 変形皿」はいわゆる「五彩手(ごさいで)」で、線描きも濃(だみ)もすべて上絵。同じ17世紀中期の作例ではありますが、「色絵 丸文 葉形皿」が柔和な趣であるのに対し、「色絵 樹下人物文 変形皿」は鮮やかでどこか力強さを感じさせます。



 もちろん描かれている主題も作品の大きさも、配色も異なります。しかし、あえて絵具の性質の観点で述べると、両者の違いは大きく2つ。
 1つは、線描きの色です。「色絵 丸文 葉形皿」が染付による青と、少量の上絵の赤を用いるのに対し、「色絵 樹下人物文 変形皿」は上絵の黒を主体的に用い、赤の濃(だみ)の部分のみ赤の線描きとしています。前者は主に青、後者は黒という色そのものの違いもさることながら、釉薬中にコバルトが溶け込んで発色するためにマイルドな色合いになる染付の青に対して、上絵の黒は黒色の粒子をガラス分で釉上に貼り付けていくようなイメージ。そのため、線描の明瞭さにも差異があらわれており、作品全体の印象の違いにも繋がっています。
 もう1つは、青色が下絵付け(染付)か、上絵付けか、という違いです。上絵の青の場合も、ガラス分にコバルトが溶け込んで色ガラス状となっています。ただし、釉薬と絵具ではガラス分の性質が異なりますので(釉薬は高温で溶ける灰釉・石灰釉系、絵具は低温で溶ける鉛ガラス系)、色の発現も異なり、上絵の青はより鮮やかに発色します。
 このように、同じ時代の、基本の4色の濃(だみ)の作例であっても、線描きの色や、青が下絵か上絵かで、異なる作風が生み出されています。

 17世紀後半の伊万里焼は、五彩手の流れが続いていくこととなります(図2)。「色絵 楼閣山水文 壺」も、「色絵 貝形蓋物」もすべて上絵の赤・青・緑・黄で濃(だみ)を施しており、線描きは上絵の黒を主体的に使用しています。



 しかしながら、「色絵 樹下人物文 変形皿」とはまた違い、明るい趣です。17世紀後半に素地がより白くなるなど理由はいくつか考えられますが、時代による色そのものの移り変わりが影響していると考えられます。
 例えば、上絵の赤は17世紀中期には紫寄りの色合いですが、17世紀後半に次第に黄寄りに変化していき、とくに柿右衛門様式が流行した1670~80年代には明るい黄寄りの赤色になります。とくに「色絵 貝形蓋物」は、この赤の明るさに全体が華やいだ雰囲気となっています。
 また、色調に多彩な展開を見せるのが上絵の緑です。17世紀中期には、青寄りや、いわゆる黄緑とされるくすんだ色合いの緑などが見られましたが、17世紀後半には浅葱色のような水色に近い緑もあらわれてきます。柿右衛門様式ではターコイズグリーンのような青緑色が特徴で、「色絵 貝形蓋物」でも爽やかさを添えています。
 すべて上絵具で絵付けした作品であっても、時代よって変化する絵具の色合いが作品の趣にも影響を与えていることがうかがえます。

 17世紀末期になると、基本の4色は転換点を迎えます。17世紀後半によく用いられていた上絵のみの絵付けから、染付の青と上絵付けの併用に変わっていきます。もちろん、染付併用の色絵磁器は17世紀後半にも見られましたが、17世紀末期には色絵専用の白素地が見られなくなり、色絵磁器であっても染付素地を使用することが主流となります。



 移行期には例外的に染付の青・上絵の赤・緑・黄の4色の作例が見られます(図3)。しかし、17世紀末期以降は豪華絢爛な伊万里焼が求められて古伊万里金襴手様式の時代となりますので、黄色よりも金色が多く使われるようになっていきます。
 むしろ、祥瑞手の流れを17世紀後半以降に引き継いだのは鍋島焼でした。鍋島焼は、伊万里焼の技術を元に、佐賀鍋島藩が徳川将軍家への献上を目的に創出した磁器です。17世紀後半に伊万里・大川内山に藩窯が築かれ、製作が本格化していきました。17世紀後半の段階では、金彩や色釉の使用などもありましたが、17世紀末期には染付の青を基本に上絵の赤・緑・黄で絵付けを施す鍋島様式が成立しました(図4)。



 以上のように、17世紀中期段階では基本の4色であっても祥瑞手や五彩手などの作風がありましたが、17世紀後半の伊万里焼は五彩手の流れを汲んでいきました。とくに柿右衛門様式では素地の白色が洗練されていき、そこに明るい色調の上絵のみで絵付けした作例が見られます。古伊万里金襴手様式では染付併用が基本となりますが、豪華な作風が求められ、黄色に代わり金色が多用されました。対して、17世紀中期の祥瑞手の流れは鍋島焼に受け継がれていくこととなります。同じ4色の組み合わせであっても、時代によって、目指すところによって、様々な作風が展開したことがうかがえます。色については画像や言葉ではお伝えしづらい繊細さがあるので、ぜひ展示室で実物を見比べていただけますと幸いです。


(黒沢)


【主な参考文献】
・高嶋廣夫『陶磁器釉の科学』内田老鶴圃1994
・大橋康二「各地の御庭焼11 鍋島焼―徳川将軍家への献上磁器」『淡交』940, 2021年11月


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