2025年8月号
「第5回:筆を使用した釉薬の塗り分け」
夏の盛りを迎え、暑さの増すこの頃です。現在は『古伊万里カラーパレット―釉薬編―』を開催中(~9月28日)。釉薬(ゆうやく/やきものに施されるガラス質の膜)の色による装飾に着眼した展覧会です。磁器特有の玲瓏な白地を活かした透明釉をはじめ、深い青色が美しい瑠璃釉、爽やかな青緑色の青磁釉など、目に涼やかな色彩の作品を多く出展しております。今月の学芸の小部屋は「青磁瑠璃銹釉 鷺龍文 三足皿」を観察します。
本作はひとつのうつわに複数種の釉薬を掛け分けた作品。全体的に施釉にムラが生じていることから、型を用いて凹凸文様をあらわしたのち、透明釉、青磁釉、瑠璃釉、銹釉の4種の釉薬を筆でとって施釉したとみえます。本作の作られた17世紀中期は技術革新期にあたり、上絵の技法が確立するほか、様々な製作技術が向上します。創意工夫の時代とも言え、多様な作風を展開した時代です。本作も、多色彩を目指すのであれば上絵を用いればよいものを、敢えて色数の限られた釉薬で塗り分けているところに面白さがあります。
まずは、釉薬をどのように使用しているのかを確認していきます。見込は、釉薬の掛かっていない露胎部分を円窓とした中に葦鷺文をあらわしています。2匹の鷺には全体に透明釉を塗り、脚や嘴は基本露胎、目は一部を露胎としながらも中央には瑠璃釉を置いています。葦は葉を青磁、穂と左下の土坡を銹釉、背景の青海波には瑠璃釉を施し、見込だけでも4種類の釉薬と露胎での表現がみられます。見込周囲の龍は露胎ですが、目は瑠璃釉、身体や口などは部分的に銹釉を薄く施しています。地文様の渦文には青磁、飛び交う雲は透明釉、瑠璃釉、銹釉を使い分け、白、青、茶の3色であらわしています。裏面は全体に銹釉を施した上に瑠璃釉で丁子文をあらわし、足は透明釉を掛けて白磁としています。
上記を踏まえると、思いのほか露胎を駆使していることに気が付きます。露胎をあらわすには、釉薬を掛けないか、あるいは掛けた釉薬を取り除く必要があります。本作は細やかに露胎を残していることから、蝋などのマスキング材の使用を想定していました。しかし、見込の窓枠に施した斜線の端にのみ、周囲の釉薬が入り込んでいる部分が複数確認できました。同様に、鷺の脚も背景の瑠璃釉が輪郭線際に入り込んでいます。嘴も輪郭線際は胴部の透明釉が載っているほか、龍にも周辺の釉薬が載っている部分が確認されました。いずれも、輪郭線や境界線の際にしか現れていない上に、部分的な現象であることから、露胎としたい部分を避けながらの施釉だったのではと推察します(図1)。
露胎とした中でも鷺の目に関しては部分的に剥がれており、他とは少し状況が異なります。恐らく、筆で鷺を施釉したのち、目の部分に及んでしまった透明釉を綿棒のようなもので拭ってから、瑠璃釉を施したのでしょう。それであれば、拭いきれなかった透明釉が中途半端に残っているのも頷けます。細かいことですが、色釉(有色の釉薬)は存外デリケートで、他の釉薬の影響を受けやすい傾向にあります。思えば、左側の鷺の目の瑠璃釉は控えめな発色ですが、瑠璃釉の厚みも薄く、釉下に残った透明釉の影響で釉中の呈色剤の割合が崩れてしまったのかもしれません(図2)。
また、基本は露胎ですが、見込左側の鷺の嘴の境目と、口縁際の龍には露胎とした上に部分的に銹釉を施しています。筆の動きを感じられるほど濃淡が現れた薄掛けで、口縁部分や雲に施した銹釉とは異なる趣です(図3)。
じつは、厚みの異なる銹釉は裏面にも見られます。一見すると表面の雲の銹釉と大差ないように思いますが、口縁の銹釉との境目を観察すると、裏面の銹釉の方を薄く掛けていることがわかります。また、刷毛痕のようなものが見られることから、回転台に置いて刷毛等の道具を用いて施釉したのでしょう(図4)。一口に銹釉と言っても、施し方や厚みによって表現に幅が生まれています。
ところで、裏面の丁子文は瑠璃釉ですが、銹釉を剥がさずに重ね掛けしているとみえます。全体に表面よりも暗めの発色かつ、部分的に釉薬同士が混ざった様子も窺えます。足の透明釉がはみ出した部分も、白地の縁に同様の痕跡が見えます(図5)。
以上のように、本作には透明釉、瑠璃釉、青磁釉、銹釉に加えて露胎での表現が確認できます。今回の観察で、露胎の一部分に薄く施釉したり、厚みの異なる銹釉を駆使したりと、想像以上に手数を重ねている様子を捉えることができました。さらに、筆を用いた掛け分けと言っても、重ね掛けや刷毛等の大筆を使用した可能性なども見られ、施釉方法にもヴァリエーションがあることに気が付きました。
釉薬の色彩や質感、細部のディティールなど実物を観察しないとわからないことが多くあります。今展では是非、その細密な表現や色彩の共演を目に焼き付けていただければ幸いです。
【参考文献】
佐賀県立九州陶磁文化館『特別企画展 日本磁器誕生』同2016

本作はひとつのうつわに複数種の釉薬を掛け分けた作品。全体的に施釉にムラが生じていることから、型を用いて凹凸文様をあらわしたのち、透明釉、青磁釉、瑠璃釉、銹釉の4種の釉薬を筆でとって施釉したとみえます。本作の作られた17世紀中期は技術革新期にあたり、上絵の技法が確立するほか、様々な製作技術が向上します。創意工夫の時代とも言え、多様な作風を展開した時代です。本作も、多色彩を目指すのであれば上絵を用いればよいものを、敢えて色数の限られた釉薬で塗り分けているところに面白さがあります。
まずは、釉薬をどのように使用しているのかを確認していきます。見込は、釉薬の掛かっていない露胎部分を円窓とした中に葦鷺文をあらわしています。2匹の鷺には全体に透明釉を塗り、脚や嘴は基本露胎、目は一部を露胎としながらも中央には瑠璃釉を置いています。葦は葉を青磁、穂と左下の土坡を銹釉、背景の青海波には瑠璃釉を施し、見込だけでも4種類の釉薬と露胎での表現がみられます。見込周囲の龍は露胎ですが、目は瑠璃釉、身体や口などは部分的に銹釉を薄く施しています。地文様の渦文には青磁、飛び交う雲は透明釉、瑠璃釉、銹釉を使い分け、白、青、茶の3色であらわしています。裏面は全体に銹釉を施した上に瑠璃釉で丁子文をあらわし、足は透明釉を掛けて白磁としています。
上記を踏まえると、思いのほか露胎を駆使していることに気が付きます。露胎をあらわすには、釉薬を掛けないか、あるいは掛けた釉薬を取り除く必要があります。本作は細やかに露胎を残していることから、蝋などのマスキング材の使用を想定していました。しかし、見込の窓枠に施した斜線の端にのみ、周囲の釉薬が入り込んでいる部分が複数確認できました。同様に、鷺の脚も背景の瑠璃釉が輪郭線際に入り込んでいます。嘴も輪郭線際は胴部の透明釉が載っているほか、龍にも周辺の釉薬が載っている部分が確認されました。いずれも、輪郭線や境界線の際にしか現れていない上に、部分的な現象であることから、露胎としたい部分を避けながらの施釉だったのではと推察します(図1)。

露胎とした中でも鷺の目に関しては部分的に剥がれており、他とは少し状況が異なります。恐らく、筆で鷺を施釉したのち、目の部分に及んでしまった透明釉を綿棒のようなもので拭ってから、瑠璃釉を施したのでしょう。それであれば、拭いきれなかった透明釉が中途半端に残っているのも頷けます。細かいことですが、色釉(有色の釉薬)は存外デリケートで、他の釉薬の影響を受けやすい傾向にあります。思えば、左側の鷺の目の瑠璃釉は控えめな発色ですが、瑠璃釉の厚みも薄く、釉下に残った透明釉の影響で釉中の呈色剤の割合が崩れてしまったのかもしれません(図2)。

また、基本は露胎ですが、見込左側の鷺の嘴の境目と、口縁際の龍には露胎とした上に部分的に銹釉を施しています。筆の動きを感じられるほど濃淡が現れた薄掛けで、口縁部分や雲に施した銹釉とは異なる趣です(図3)。

じつは、厚みの異なる銹釉は裏面にも見られます。一見すると表面の雲の銹釉と大差ないように思いますが、口縁の銹釉との境目を観察すると、裏面の銹釉の方を薄く掛けていることがわかります。また、刷毛痕のようなものが見られることから、回転台に置いて刷毛等の道具を用いて施釉したのでしょう(図4)。一口に銹釉と言っても、施し方や厚みによって表現に幅が生まれています。

ところで、裏面の丁子文は瑠璃釉ですが、銹釉を剥がさずに重ね掛けしているとみえます。全体に表面よりも暗めの発色かつ、部分的に釉薬同士が混ざった様子も窺えます。足の透明釉がはみ出した部分も、白地の縁に同様の痕跡が見えます(図5)。

以上のように、本作には透明釉、瑠璃釉、青磁釉、銹釉に加えて露胎での表現が確認できます。今回の観察で、露胎の一部分に薄く施釉したり、厚みの異なる銹釉を駆使したりと、想像以上に手数を重ねている様子を捉えることができました。さらに、筆を用いた掛け分けと言っても、重ね掛けや刷毛等の大筆を使用した可能性なども見られ、施釉方法にもヴァリエーションがあることに気が付きました。
釉薬の色彩や質感、細部のディティールなど実物を観察しないとわからないことが多くあります。今展では是非、その細密な表現や色彩の共演を目に焼き付けていただければ幸いです。
(小西)
【参考文献】
佐賀県立九州陶磁文化館『特別企画展 日本磁器誕生』同2016