学芸の小部屋

2025年10月号
「第7回:吹墨」

 10月9日(木)まで展示替え期間のため休館しておりますが、そのうちにようやく秋らしい気候になってきました。次回展『古伊万里カラーパレット―絵具編―』(10月10日(金)~12月21日(日))は、江戸時代の伊万里焼の色に着眼した夏秋連続企画展示の後期にあたります。絵具編では、染付や上絵など、絵付けに使用する絵具の色彩の移り変わりや表現をご紹介いたします。

 今月号の学芸の小部屋では、伊万里焼の絵付け技法のひとつである吹墨(ふきずみ)について、次回展出展作品を交えつつご紹介いたします。
 吹墨とは、絵具を霧状にあらわす文様あるいはその技法を指します。江戸時代の伊万里焼での吹墨は中国・景徳鎮民窯の古染付(図①)の影響を受けたとされており、初期伊万里の染付作品に多く見られます。詳細な方法は定かではありませんが、筒状のものや筆先に絵具をつけ、直接息を吹きかけて散らす、目の細かい網と硬い筆を使用する、など想像される手法は尽きません。



 吹墨を施した伊万里焼と一口に言っても、その表現は多様です。「染付 吹墨蔓草文 皿」のように見込全体にあらわしたものもあれば、「染付 吹墨椿文 輪花皿」のように、型紙を用いた白抜きの表現と併せたものもあります。ここで挙げた2点は吹墨による散点文の粒が細やかで、背景をほのかに賦彩するほか、繊細なニュアンスもあらわれています。(図②)。



  一方で、「染付 吹墨山水文 皿」のように荒々しい表現の作例もあります(図③)。見込上部に絵具が大胆に飛び散っており、まるで絵具をたっぷりつけた筆先を勢いよく振って、散らしたかのようです。吹墨の表現のヴァリエーションが窺えます。



 吹墨は染付が主ですが、「色絵 蓮鳥文 皿」は、色絵での吹墨が見られる珍しい作例です(図④)。一部を除き見込全体に黒い絵具が散っており、鳥や葉の下地にまで施されているのがガラス質化した上絵具越しに確認できます。薄紫で賦彩した雲にはその表現が見られないため、雲部分だけ何らかの方法でマスキングを施したか、あるいは全体に吹墨を施してから部分的に拭ったのでしょう。散点文が地文様として表現されていることにより、全体に奥行が生じているようにもみえます。先の染付3点のモノクロームの趣とは異なる、色彩や文様と吹墨の調和が見て取れます。



 さらに珍しいタイプとして、釉薬の掛け分け技法に吹墨を応用したとみえる作例もあります。「銹釉染付 雪輪若松梅文 長皿」は見込右下に配置した雪輪形の窓を除き、全体に銹釉を施した長皿ですが、よく見ると見込の銹釉部分は粉雪のように細やかに白く抜けています(図⑤)。当館に伝世した5客の釉面の様子からして、銹釉を掛けたのちに透明釉を霧状に施したと想像します。銹釉と透明釉が重なる部分はお互いに混ざり合うはずですが、銹釉の成分が透明釉によって希釈されたためか、このような表現になったのでしょう。



 吹墨は17世紀前期の初期伊万里に染付で施されますが、続く17世紀中期の技術革新期を経て、次第に息を潜めていきます。ぼかしや塗り埋めなど他の絵付け技法に淘汰されたのか、時代の移り変わりによる流行の変化か、あるいはもっと単純な理由で、手や作業場が汚れやすそうな技法であるために使用されなくなったのかもしれません。ただし、消えゆく道すがら上絵の施文や施釉でも応用されていたのには、革新期の伊万里焼の意欲的な創意が垣間見えます。

 続く技術があれば途絶える技術もあり、またその時代に新しく登場するものもあります。『古伊万里カラーパレット―絵具編―』では、各色の時代ごとの移り変わりや絵付け技法などをご紹介いたします。伊万里焼のはなやかな彩りをお楽しみいただきながら、その背景にある技術の変遷にも是非ご注目ください。


(小西)


【主な参考文献】
佐賀県立九州陶磁文化館『寄贈記念 柴田コレクションⅥ―江戸の技術と装飾技法―』同1998
『九州陶磁の編年 九州近世陶磁学会10周年記念』九州近世陶磁学会 2000
矢部良明 責任編集『角川 日本陶磁大辞典』角川書店 2002
大橋康二・荒川正明『初期伊万里 染付と色絵の誕生』NHKプロモーション 2004
『古染付-このくにのひとのあこがれ かのくにのひとのねがい』石洞美術館 2017
善田のぶ代『古染付と祥瑞 その受容の様相』淡交社 2020


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