学芸の小部屋

2025年9月号
「第6回:釉薬と上絵付け」

 処暑を過ぎても東京は暑さが続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。現在、当館では『古伊万里カラーパレット―釉薬編―』を開催中です(〜9月28日(日))。『古伊万里カラーパレット』は、江戸時代の伊万里焼の色を特集した、夏秋連続企画展示。前期にあたる夏季展では、やきものの表面に施されるガラス質の膜である釉薬(ゆうやく)による装飾に、後期にあたる秋季展では絵具による装飾に注目します。今回の学芸の小部屋では、夏季展出展中で、釉薬の掛け分けと上絵具による絵付けが調和した「瑠璃釉色絵 双鶴文 皿」(図1)をご紹介いたします。



 うすい青色を背景として、見込中央付近に2羽の鶴と、左方に梅樹を描いた皿。鶴の羽毛や、梅樹の枝先など、繊細な線で描き出しています。大きく余白を取った絵画調の構成は17世紀後半の色絵磁器である柿右衛門様式の特徴で、本作も広義の柿右衛門様式の作例と位置付けられます。

 うすい青色の地は、瑠璃釉(るりゆう)という釉薬による装飾です。酸化コバルトを呈色剤とした釉薬で、うすい青色から藍色まで幅広い釉色が見られます。本作は裏面もうすい青色を呈しており、裏面には同方向に釉流れが見られますので、全体を瑠璃釉に浸して施釉したのでしょう(図2)。



 ただし、表面の鶴文の部分だけは透明釉を掛け分けています(図3)。瑠璃釉を施す際は何かしらのマスキングをして、透明釉は筆で乗せたと推測されます。



 本作の場合、下絵付け(施釉前に行う絵付け)はありません。施釉して本焼き焼成が終了した段階では、うすい青色の地に、不思議な形の白抜き部分(透明釉を施した部分)が浮かび上がって見えている状態でした。

 その後、本焼き焼成後の釉面上に行う上絵付けで、その白抜き部分を鶴文として仕上げています。ただし、よく見ると白抜き部分と上絵付けの位置は完全には一致していません。施釉段階でわざわざ不思議な形の白抜きに掛け分けているので上絵付けを行うことは決まっていたのでしょうが、絵付け段階でより鶴らしく見えるよう、鶴の首の太さ、頭や尾羽の形を調整したと考えられます。

 そして、鶴文部分の上絵付けが瑠璃釉と透明釉にまたがっているために、地の色が絵具の色の見え方に及ぼす影響がよくわかります。例えば、17世紀後半の柿右衛門様式の色絵磁器の緑の上絵具の発色は、ターコイズグリーンのような色が特徴で、透明釉部分はまさにそのように見えています(図4の➀)。一方で、瑠璃釉部分は同じ調合の絵具であると考えられるにも関わらず、より青寄りの発色に見えます(図4の②)。上絵の緑は透明度が高く、下にある瑠璃釉のうすい青色に影響されているためです。



 同じく、上絵の黄も透明度が高いために、下にある釉薬が絵具の色の見え方に影響します。鶴文の尾羽は透明釉上にあるためうすい黄としてあらわれていますが、梅文の黄色はやや緑に寄っています(図5)。



 このように、とくに緑や黄など透明度の高い上絵具は地の色に影響されるため、基本的には透明釉の上に乗せます。しかし、本作の場合は、主題の鶴文は主に透明釉上、左方の梅樹文は瑠璃釉上に絵付けしており、より明るい発色の鶴文に視線が引き寄せられていきます(図6)。



 17世紀後半のこの時代、伊万里焼ではまだ白の絵具はありません。18世紀末頃にようやく白の絵具が登場するとされますが、それまでは部分的に「白」を表現する場合は磁器の特長である白い素地に透明釉を施すことが最適解だったのでしょう。
 本作では、全体を瑠璃釉のうすい青色として透明釉を掛け分け、なおかつ従文様の梅文は瑠璃釉上に、主文様の鶴文は透明釉上に基本的に描いたことにより、「鶴の白さ」が結果的に際立って見えています。釉薬や絵具、それぞれの異なる性質・効果を有する装飾を上手く組み合わせて生まれた作品と言えます。本作をご覧いただける『古伊万里カラーパレット―釉薬編―』は今月28日まで。絵具については10月10日開幕の『古伊万里カラーパレット―絵具編―』(~12月21日)で掘り下げていきます。どうぞお見逃しなくご覧くださいませ。


(黒沢)


【主な参考文献】
・佐賀県立九州陶磁文化館『柴田コレクションⅣ―古伊万里様式の成立と展開―』1995


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